わが家の在宅介護は、こうして始まりました①

笑顔で心豊かな人生を整える
介護・生前整理・整理収納・防災のライフナビゲーター
福島県石川町 くらしのトータルサポートKOKUYA代表

伊東眞理子です

わが家の在宅介護は、こうして始まりました

第1話 なぜ在宅介護を選んだのか
〜「施設」ではなく「家」を考え始めた日〜

 

最期をどこで迎えたいですか。

「自宅で最期を迎えたい」と思っている方は、8割に上るそうです。
それでも実際には、多くの方が病院で最期を迎えています。

住み慣れた家で、家族と一緒に最期を迎えたい。
そう願うのは、とても自然なことだと思います。
けれど、さまざまな事情から、その想いを叶えるのは簡単ではありません。

母は、いつもこう言っていました。
「最期まで、家で過ごしたい」

その言葉が、私が在宅介護を選んだ一番の理由です。
母のその想いを、できる限り叶えてあげたい。
そう思い、在宅介護を決心しました。

在宅介護と聞くと、
「家族がすべてを背負う」というイメージを持たれる方も多いかもしれません。
でも実際には、ケアマネジャーさんをはじめ、在宅医、訪問看護師さんなど、
たくさんの専門職の方々がチームとなり、母を支えてくださいました。

母の様子を細やかに診てくださる体制が整っていたおかげで、
私の介護は「大変だった」というより、
「寄り添う時間をもらえた介護」だったように思います。

トイレも、最期の3カ月ほど前までは歩行器を使って自分で行っていましたし、
食事も量は減りましたが、自分で口に運んでいました。
私は、ほんの少し手を添えるだけでした。

大変だったことと言えば、
長時間の外出ができなかったことと、
夜のトイレが心配で、睡眠時間が短くなったことくらいだったでしょうか。

在宅医の先生から
「来年の桜は見られないかもしれませんね」
と告げられた頃から、母の体調は急に変化しました。

振り返ると、その後の3カ月ほどが、
本格的な介護の時間だったように思います。

この状態が、もし長く続いたとしたら……
そう考えると、正直、不安になったこともありました。

母が少しずつ弱っていく姿を見るのはつらかったです。
けれど、それ以上に
「母は、どんな気持ちでいるのだろう」
と考える毎日でした。

少しでも気持ちが楽になるように。
少しでも安心して過ごせるように。
ただ、そばにいることを大切にしました。

看取りについては、事前に学ぶ機会もありましたし、
在宅医の先生からも丁寧に説明を受けていました。
そのおかげで、最期の時間は不思議と落ち着いて迎えることができました。

在宅介護の経験は、
母から私への、最高のプレゼントだったと感じています。

母と過ごした、濃く、静かな時間。
そのすべてに、心から感謝しています。

そして今、
これからは夫の介護が始まろうとしています。

母のときと同じようにできるかどうかは、正直わかりません。
不安もあります。
けれど、夫も「最期まで家で過ごしたい」と話しています。

だからこそ、
笑顔を忘れずに、できることを一つずつ。
そんな在宅介護を続けていけたらと思っています。

こちらのブログは
在宅介護・認知症について
「実体験を交えての介護シリーズ」の一部です

毎週水曜日に投稿しております。

わが家の在宅介護は、こうして始まりました

第1回:なぜ在宅介護を選んだのか
~「施設」ではなく「家」を考え始めた日~

第2回:最初に感じた不安と戸惑い
~何から始めたらいいのかわからなかった~

第3回:介護が始まって気づいた「家の中のこと」
〜母の在宅介護で見直した部屋づくり〜

第4回:それでも在宅介護を続けようと思えた理由

楽しみお待ちいただけるとうれしいです。

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最後までお読み頂きありがとうございました

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